加藤清正夜半隼人を呼び出す
加藤清正が肥後の国に在った時或る夜おそく雪隠へ行った。清正は何時
も雪隠が不浄であると云うので一尺以上もある高い下駄をはいて大便をし
ていたが、この夜は何と思ったのか頻りにその下駄をトントンと音立て、小
姓を呼んでいる。手水鉢の処で待っていた小姓がかけつけて何の御用で
すかと尋ねると、大急ぎで庄林隼人介を呼び出せと云う。
呼び出された隼人介は夜更けの事ではあ、少し風邪を引いているので
着のみ着のままで出て行った。処が清正は当時痔疾を患っていたので、
まだ雪隠から出ずに隼人介が来ると雪隠の中から声をかけて、よく来て
呉れた。外の事でもないが、あなたの家に二十歳ばかりの若者がいたと
思うが姓は何と申すか、と云われるので、あれは出来助と云って尾張の
生れで、今は草履取りに使っていますがなかなか心がけの良い者で御
座いますと答えた。
清正は、何時ぞや川尻の芝居見物に行った時、その出来助が小便をし
ている処を見ると、肌にはまんぢゅうかたびらを着、脚絆の代りに臑当を
つけてをる。天下太平の時にも兵具の用意をしている処はなかなか若者に
は珍らしき心がけである。今夜雪隠の中にてふとあの事を思い出したので、
又忘れない間にと思ってあなたを呼んで尋ねたのだ、あの若者を呼び出し
て褒美をやり立派な武士に取り立ててやろうと思っている、併し人生には
何事も無常である、「とし月をいかでわが身におくりけん、きのう見し人け
ふはなき世に。」今日死ぬか明日死ぬか、自分が死ぬか、又あなたが死ぬ
か、あの若者が死ぬか、一寸先は闇である、。お互い達者な間に、忘れぬ
間に、善は急げと夜更けながら来て貰った訳だと、しみじみ語るので、隼人
助も嬉しがつて帰ろうとした時、まああなたは風邪を引いている様だから一
杯呑んで帰れと酒をついで大いに語って分かれた。
その後出来助は六十石に取り立てられて近習に召され大いに忠勤を
尽くしたという。
0705292005 Type 了